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広島地方裁判所 昭和29年(タ)11号 判決

原告 平山丙述

被告 平山乙礼

主文

原告と被告とを離婚する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、原被告は何れも朝鮮に本籍を有していた韓国人であるが原告は昭和四年十二月頃朝鮮の本籍地において被告と婚姻し、これが戸籍上の届出をなして被告と共に日本に渡り昭和十九年四月頃より広島県山県郡安野村大字坪野五百七十九番地の一に住居を定め以来夫婦として同棲生活をして来その間被告との間に三人の子女をもうけ昭和二十六年六月一日に同村役場に原告家族五名の寄留届をなした。その後間もなく終戦となり被告と子供達は原告を残して一先づ帰国することとなり昭和二十年九月頃被告は子供三人を伴い韓国船木浦丸に乗船して原告の本籍地に向つて山口県岩国市新港を出航したが、その後被告より何等の消息もないので原告は被告等四名が無事原告の本籍地である韓国に到着したかどうかその安否を心配し原告の本籍地被告の実家警察に連絡して被告等四名の消息を求めたところ被告及び子供達が韓国に到着した様子は全然ないことがわかつた。それで原告は右木浦丸が右岩国を出航した後襲来した颱風のため被告等は或は海上において遭難したのではないかと想像もしたが、その後も引続き被告等の消息を求めるためあらゆる努力を払つた。しかしその努力も空しく依然としてその消息は知れず被告及び子供達の生死不明のまま今日に至つている。右は配偶者の生死が三年以上明らかでない場合に該当しかかる事由は韓国法においても離婚の原因として認めるところであるから被告との離婚を求めるため本訴に及んだと述べた。〈立証省略〉

被告は適式の呼出を(公示送達)受けたにも拘らず口頭弁論の期日にも出頭せず且答弁書その他の準備書面をも提出しなかつた。

理由

真正に成立したものと認められる甲第一号証、証人鄭仲玉の証言及び原告本人の尋問の結果を綜合すれば、原被告は何れも朝鮮に本籍を有していた韓国人であつて昭和四年十二月頃原告の本籍地朝鮮において結婚しその戸籍の届出も了して有効な婚姻関係にあること、原被告は何れも昭和十九年四月頃より広島県山県郡安野村大字坪野五百七十九番地の一に居住し、夫婦間に出生した三人の子女と共に同村に寄留届をなして生活していたがその後間もなく終戦となり在日朝鮮人の多くは帰鮮する状勢にあつたため被告も一先ず帰国することを決意し、三名の子供を同伴し昭和二十年九月頃韓国船木浦丸に乗船して山口県岩国市新港を出港し原告の本籍地に向つたこと、原告は被告が出発した翌日颱風が襲来したためその帰国の安否をきづかい再三原告の本籍地被告の実家警察その他に照会して被告と三人の子供の消息を求めたが被告等四名が今日に至るも帰国している様子がないこと、その後原告のあらゆる努力にも拘らず被告及び三人の子供の生命の安否は前記原被告の離別以来十年余を経過した今日に至るまでの間遂に判明しないことを夫々認めることができる。右事実は我民法第七百七十条第一項第三号の配偶者の生死が三年以上明らかでないときに該当するものであること明白である。ところで原被告は何れも外国人であるから原告が離婚の請求をなし得るかどうかは法例第十六条により離婚原因発生当時の夫なる原告の本国法によるべきであるところ、被告の生死が不明になつた昭和二十年九月頃より三年を経過した昭和二十三年九月頃が離婚原因発生時と解されるからその当時における原告の本国法を適用してこれを決しなければならない。そこで原告の本国法が如何なる法律であるかにつき考えるに平和条約の発効した昭和二十七年四月二十八日以前においては在日の朝鮮人に対しては依然として日本の国籍を保有するものとして日本の法律を適用すべきものであるから右原告の本国法は日本の法律であるということになる。そうすると昭和二十三年九月頃当時朝鮮人に対しては共通法第二条法例及び朝鮮民事令が適用され同令第十一条第一条に依つて裁判上の離婚に関しては旧民法を適用されていたから在日朝鮮人に日本の法律を適用するとなればこの朝鮮民事令及び旧民法によらざるを得ないという事になる。しかしながら前記平和条約の発効によつて在日の朝鮮人は総て日本の国籍を当然に喪失した結果右朝鮮民事令は条約発効と同時に失効したと解するの外ないから今こゝにこれを実定法として適用することは出来ない。そうするとかような在日朝鮮人に対して適用すべき本国法はないこととなるが斯かる場合には結局条理によつてことを判断するの外ない。そうだとすれば元来離婚等のような身分上の関係はその者の属する民族の共同社会における風俗、慣習、倫理、その他色々な精神的肉体的諸条件に支配されるものであるから右の諸条件と共通の地盤をもつ原被告の本国である大韓民国において施行せられている現在の身分法を参酌してこれと同一の規範によりことを決するのが最も事理に適して相当であると思われる。ところで当裁判所が調査したところによると現在大韓民国においては身分法についての成文法はなく旧朝鮮民事令旧民法に準ずる内容の慣習法が行われており裁判上の離婚に関しては旧民法第八百十三条第九号所定の配偶者の生死が三年以上分明ならざるときを以つて離婚の原因となす慣習法があることが認められる。従つてこの慣習法と同一の基準を離婚につき適用すべき原告の本国法と認めるのが最も条理にかなつたものと言はざるを得ない。そうすると配偶者の生死が三年以上分明しないことを原因とする原告の本件離婚の請求が右原告の本国法によつて許容せられることも明らかでありそして右原因事実が我国の現行民法においても離婚の原因として認められること前記のとおりであるから原告が被告との離婚を求める本訴請求は正当なものとして認容さるべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大賀遼作)

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